平成30年度の井戸端会議

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第4回「楽しく語ろう!郷土史井戸端会議」

第4回「三田ふしぎ話あれこれ」

今回のテーマは「三田ふしぎ話あれこれ」で、三田考古学会の森脇泉氏にお話しをいただきました。 三田の興福寺にある観音像は源平合戦の武将那須与一が義経より預かった観音像を寄与したと伝えられています。また来迎寺にある観音像は平景清の娘・人丸姫が父より預かった観音像を寄与したと伝えられています。さらに欣勝寺には鎌倉5代執権北条時頼が立ち寄ったと伝えられています。 有馬富士は花山法皇が詠んだ「有馬富士ふもとの霧は海に似て波かきとけば小野の松風」の歌が有名ですが、実は山頂の姿が牛の角に似ていることから角山(ツノヤマ)と書かれた史実があり、児玉尊臣氏によれば、これはツノヤマではなくカクヤマと呼び、神体山の香久山ではなかったのかというお話もされていました。 このように三田には多くの民話・昔話があり、史実・史話を照らし合わせるとまだまだ発見があるのではないかとおっしゃっていました。参加者の皆さんも興味深く聞き入っておられました。

2018年7月10日 三田市立図書館2階コミュニティーホール

第3回「楽しく語ろう!郷土史井戸端会議」

第3回「フラワータウンの今昔」

今回のテーマは「フラワータウンの今昔」でパネラー中後茂氏にお話しいただきました。
フラワータウンは三田市の中で最初に開発されたニュータウンで、当初の計画では人口約4万2千人、五住区として開発されましたが、現在は人口約2万1千人、四住区となり、4つの小学校、2つの中学校、1つの高校が作られました。 また以前の住区名を変更して、武庫川より「武庫が丘」、狭間池より「狭間が丘」、弥生時代の遺跡が発見されたことより「弥生が丘」、有馬富士より「富士が丘」とより親しみのある現在の住区名になりました。
またフラワータウンの中央に位置する広大な深田公園には広場や池が配置されており、この広場をつなぐ形で深田大橋が建設されました。後にこの橋は1988年(昭和63)に開催された21世紀公園都市博覧会(ホロンピア88)のシンボルとしてホロンピア館(現在の兵庫県立人と自然の博物館)に替わりました。どちらの設計も世界的建築家の丹下健三氏によるものです。
会議後半では、深田大橋の建設費用やホロンピア88の当時の状況から現在にいたるまで、井戸端会議にふさわしく参加者同士で活発に意見交換されていました。

2018年6月12日 三田市立図書館2階コミュニティーホール

第2回「楽しく語ろう!郷土史井戸端会議」

第2回「九鬼隆国の功罪」

今回のテーマは「九鬼隆国の功罪」でパネラー平井重次氏にお話しいただきました。
三田藩主第10代九鬼隆国は名君として名高く、外様大名では異例の奏者番を務めたり、 川本幸民を藩費で留学させたりしました。 その反面、社交的であったため交際費が重なり財政が悪化したとも言われています。 質疑応答では、三田藩の財政について、財政は良く借金自体がなかった説、 逆に財政難で多額の借金があり幕末の動乱に乗じて帳消しとなった説、 埋蔵金で返却した説など活発な意見が出されました。 会が終わった後も談笑されている姿が印象的でした。


2018年5月8日 三田市立図書館2階コミュニティーホール

第1回「楽しく語ろう!郷土史井戸端会議」

第1回「お四国、西国33カ所への誘い」

今回のテーマは「お四国、西国33カ所への誘い」で、パネラー青江征男氏にお話いただき、多くの方にご参加いただきました。
三田には西国33カ所ゆかりの花山院、蓮花寺等があります。また花山院の花山法王を慕って、11人の女官が京の都からやって来て、琴を奏でた琴弾坂の由来と尼寺の12妃墓のお話をうかがいました。
三田では昔から巡礼がおこなわれており、四国88カ所巡礼や秩父・坂東・西国の100カ所巡礼の記念碑が現在にも残っています。信仰の深さがうかがえます。
参加者の方や青江氏より、お遍路の旅をすることによって、人との出会いや、ご利益のあるお話をうかがいました。

2018年4月10日 三田市立図書館2階コミュニティーホール